NADA YOGA FEST ~ Kirtan ~ ∞ レポート

1月13日、14日にかけて行われた

NADA YOGA FEST. OKAYAMA 。

主催は、京都を拠点にキールタンやラーマヤナの読書会をされている、

『Heart Gathering*』でした。

Heart Gatheringへの特別な想いと当日までの不安

 

実は、Heart Gatheringには特別な想いがある わたし。

出逢ったのは、2年前の5月でした。

 

こんなにも純粋に音で心を寄せ合うことができる祈りを知れたことが
当時のわたしにとっては衝撃的で、とっても感動したのを覚えています。

 

約2年前、2016年に開催された Heart Gathering@京都

 

ラーマヤナの読書会では、それぞれのなかに浮かぶ思いがある。

それをみなさんの前でシェアすることで、その場にいる人のなかに気づきがうまれる。

そのあたたかい空間のなかでキールタンにはいり、

自らの声をその空間に放つことでさらに心が自由になる。

 

初めて参加したHeart Gatheringで受けた感覚でした。

 

Heart Gathering*に鮮やかさと優しさを添えてくれるお花たち。お土産にいただきました

 

岡山から京都までひとりで参加したわたしに

主催のgumiさん&tikoさんは帰りにお花のお土産を持たせてくれて..

 

そのときからのご縁を今日まで繋いでもらっています。

 

その年の 年末のキールタン忘年会に呼んでくれたり

そのあとお家にお邪魔させていただいたり、、

 

お二人の優しさと献身的な在り方、そして強さがとても好きなのです。

 

バーンスリー奏者のgumiさん&tikoさんご夫婦

 

そんなHeart Gatheringが今回、岡山で開催されることとなり、

わたしもキールタンでリードをさせてもらう機会をいただいていました。

 

初めて参加したときに感じた、Heart Gathering*でのことばにならない感覚。

それを岡山のみなさんと一緒にわたしがつくりあげることができるのかなぁ、とか頭でたくさんたくさん考えて、

引き受けたものの、めちゃくちゃ緊張していて、

当日まで練習していても、なんだか違う、、みたいな感じもありました。

 

エゴや隠しきれないものがすべてキールタンや音楽にでてしまうことも

これまでの経験で体験済みだったので、それがとても怖かった。

 

そんなこんなで迎えた当日。

 

手放すことを、考えから外してやれているとき

 

1部はmiyuki先生のシヴァナンダヨガベースのガイドに

gumiさんのバーンスリーの生演奏に、田中圭吾さんの音楽が合わさるというスペシャルなセッション。

 

これが本当に、本当によかった。

 

わたしが頭でごちゃごちゃ考えていたものが

きれいさっぱりと流れてゆきました。

 

ヨガのあとは

「もうなんにもしなくていいや〜キールタンも考えなくていいや〜」

くらい振り切っていて、

全体がぽわんとしていた笑

 

そのくらい、余計なものを手放せたことが

本当によかった。

 

『しろねこ』さんがつくる、身体にやさしくて美味しいごはん。

 

ヨガのあとには愛情がたっぷりこもったご飯をいただけて

身体も心も完全に満たされておりました。

 

手放したあとだったので、余計に愛情がぎゅっと染み込んだのかも。

まっすぐに受け取ることっていかに難しく、そして大切なのかをおもいます。

 

miyuki先生お手製のおにぎり!

 

そして2部のキールタンがはじまり、

頭の中では見事になんにも用意していないままやってきた、わたしの順番。

 

 

目の前には参加してくれたみんなの顔があって

部屋の一番後ろにはHeart Gathering*のgumiさんとtiko*さんがいて。

シヴァナンダヨガに繋げてくれたmiyuki先生がいて。

 

なぜか奇跡的に与えられた、わたしがリードするという、この時間。

その時間を、捧げることを

すんなり受け入れた自分がいました。

 

リードしていて初めてだったかもしれない。

キールタンが、「献身としてのキールタン」であった時間は。

 

音楽としてでもなく、うまく聞かせるでもない。

みんなの奥のほうにある愛や願いや光みたいなものを

たくさんたくさんいただく時間になった。

 

レスポンスのときにはいただける純粋なものが、

立場が代わりリード側になると

わたしの場合は、純粋なところからどんどん遠ざかってしまう感覚が

ずっとぬぐいきれなかった。

 

だからそんなわたしがキールタンのリードをする資格はないし、やめようかなともなんども考えたんだけれど…

その度に仲間から機会を与えてもらって続けられていてよかったとおもう。

 

今回、リードを終えた後のみんなからいただいた感想をきいて

あぁ、そういうことなんだなと

ようやく納得した。

 

「存在」に触れることのできる マントラや音

 

 

音楽としてでもなく、うまく聞かせるでもない。

キールタンで表されている、「存在」としての音。

 

怖いのに離れることがなかったマントラやキールタン、

それらの音にこだわりが強かったり、惹かれた自分にも納得した。

 

 

そんなイベントを経て、

そのまま東京へ向かい、マントラを大切に教えてくださる先生のもとで3日間学んでくることができた。

 

知らないあいだに積もっている「制限」や「押さえ込まれていたもの」。

「そのままのわたしではいけない」という数々の経験。

 

そうしているうちに忘れてしまった

本来の「存在」に

マントラや音は触れることができるのかもしれない。

 

その学びをさせてもらえることのありがたさに

心から感謝を。

 

 

そして家に帰ってからもかわらず

shantiで愛おしい時間が流れていることに

心から感謝を。

 

ありがとう。

 

 

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