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髪を切りました

こんにちは!サーシャヨガのさなえです。

 

今日は、髪を切りに行きました。

切るか、切らないか、数日悩んだ、、、

 

バッサリ30センチ、切ったよ!

わたしの3年分の感情や執着にもさよならした気分です。

 

切る前の写真、直近はこれ。めちゃ笑ってる。

 

なんだか、髪が長いわたしに、自分でものすごく違和感を感じていたここ最近。

ヨガの先生になることを決めてから、毛先を整えることはあっても

ずっと伸ばしていました。

こだわりと、憧れから。

 

なんというか、やっぱり女神のような女性に憧れていて

髪が長くて、直感がさえていて、どこか不思議な魅力のある女性に惹かれることがこれまでとても多かった。

 

誰かになろうとして外見から入ることが多いわたしは、

「よし、じゃあ髪の毛のばそう!」となる。笑

そして、外見がすこし憧れの誰かに近づくことで

わたしもおなじパワーをすこし得たような気がしていました。

 

「髪の長いわたし」にもひととおり、満足したのかな?

 

最近は、

「あれ?わたし、誰かになろうとしてる?」

「なんで伸ばしてるの?」

みたいな違和感。。

切ることで昔のわたしに戻ってしまうような気がしていて、

なかなか切ることができなかった。

 

6月に参加した女性のためのリトリートで、女性の美しさを知ることができて

(髪の毛が長い、短いの次元ではない(笑)、女性のもつ美しさ・母なる存在)

9月に参加した、マントラリトリートでは、

「わたしはわたしと一緒にいたい」という願いに気づき、

外見も中身も「わたしでいたい」と強く願うようになっていた。

 

「理想のだれか」になったり、

「誰かが求めるだれか」になってみたり。

いつのまにか受けている外側からのオーダー。

その一方で、自分でも自分を制限している。

「わたしはこうありたい」というカタチにこだわってみたり。

それが本来の「わたしである」ことから離れてしまうことであっても、そう願ったりしてしまう。

 

わたしの長かった髪が象徴していたものは、

「なにかになろうとしていた結果」だったんだとおもう。

(「髪の毛が長いひと」のことではなくて、わたしの場合のことね)

そのことに気がついてからは、無性にバッサリ切りたくなったんだろうなぁ。

 

これから伸ばすかもしれないし、しばらく短いのかもしれないけど、

それは「わたし」が決めればいい。

ひとまず、古いエネルギーとバイバイできたことはとってもよかった。

 

わたしの髪のお話に、付き合ってくれてありがとう。

はぁ、すっきり^^

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